この記事でわかること: 現役の個人飲食店オーナーが、カウンター越しに見てきた「開業を相談してきた人たち」のリアル。止めて正解だった人、止められずに失敗した人。2人に共通する「甘さ」の正体と、これから開業を考えている人に伝えたい現場からの警告。
カウンターで、夢の話を聞く夜
個人飲食店を長く続けていると、ときどきこういう相談を受けます。
「実は、会社を辞めて飲食店を開こうと思ってるんです」
料理が得意で、外食が好きで、いつか自分の店を持ちたかった。そんな話を、常連さんから真剣な顔で聞かされる。
こちらは喜んで応援したい気持ちと、止めた方がいいかもしれないという気持ちのあいだで、言葉を選ぶことになります。
今日はそんな話を2つ紹介します。止めて正解だった人と、止められずに失敗した人の話です。
ケース1:安定した仕事を辞めてバルを開きたいと言われた夜
ある日、常連さんの一人が「バルを開きたい」と相談してきました。
安定した大企業の仕事を辞めて、料理の世界に飛び込みたい。料理が得意で、お酒も好き。「一度きりの人生、やりたいことをやりたい」という熱い気持ちがあった。
でも、話を聞いていて**いくつかの「危うさ」**を感じました。
「料理が得意」と「商売になる料理」は別物
本人は料理教室に通ったり、家で凝った料理を作ったりして、料理の腕には自信があるようでした。家族や友人にも褒められる。
でも、家で作る料理と、お金を取る料理はまったく別物です。
- 一度に何人分を、同じ品質で出せるか
- 食材のロスをどこまで抑えられるか
- 忙しい営業中に、冷静に手を動かし続けられるか
- 味を毎日同じレベルで再現できるか
「料理が好き・得意」はスタート地点にすら立っていない。それを本人が自覚しているかどうかが決定的な違いになります。
現場を知らないまま始めるリスク
この方は、飲食店で働いた経験がありませんでした。
外から見ている飲食店と、中に入ってみる飲食店は、まったく違う世界です。
- 仕込みの時間がどれだけ必要か
- 閉店後の片付けが何時までかかるか
- 一人のオペレーションでどこまで回せるか
- クレーム対応、予約管理、食材発注、シフト作り
こういう「見えない業務」の量を、外からは絶対に把握できないんです。
結論:「一度、誰かの店で働いてみてほしい」
私は、その方に止める形で話しました。「やるなとは言わない。でも、まず誰かの店で1年でもいいから働いてみてほしい。そこで『やっぱりやりたい』と思えたら、本気で考えましょう」と。
結果的に、その方は開業を思いとどまってくれました。
今でも元気に会社員を続けていて、時々うちの店にお客さんとして来てくれます。止めて良かった、と心から思っています。
ケース2:4〜5年修行した人が、駅前ビルで開業して消えた話
もう一人、別の方の話です。
この方は、チェーン店のイタリアンで4〜5年働いた経験がありました。料理の腕もあり、ホールもキッチンも経験していた。「もう十分準備はできた」と、独立を決意。
選んだのは、駅前ビルの30人キャパの物件。立地も良く、見た目もきれい。本人も周囲も「いい物件が見つかった」と喜んでいました。
でも、私は正直、心の中で「これは厳しいな」と思っていました。
結果は——1〜2年で閉店でした。
敗因その1:家賃の重さ
駅前ビルの30人キャパ物件は、家賃が跳ね上がります。
個人経営の飲食店にとって、家賃は売上に対して10%以内に収めるのが一つの目安と言われます。それを超えると、他がいくら頑張っても利益が出にくい構造になる。
30人キャパの駅前物件だと、家賃は月30万〜60万円以上することも珍しくない。月商を最低でも300万〜600万円以上出し続けないと、赤字体質になります。
個人の新規店が、いきなり月商300万円を安定的に出すのは、正直かなりハードルが高い。
敗因その2:集客という「誰も教えてくれない技術」
そして、もう一つ大きな問題が集客でした。
チェーン店で4〜5年働いても、集客は学べません。なぜなら、チェーン店の集客は本部がCM・折込チラシ・ブランド力でやってくれるから。現場の店員は、来たお客さんに対応するだけです。
でも個人店は違う。
- SNSをどう使うか
- 近隣の店とどう差別化するか
- リピーターをどう増やすか
- 口コミをどう育てるか
これらを、自分で全部考えて実行しないといけないんです。
お店を開けて待っていれば客が来る、というのは幻想です。駅前の立地に甘えてオープンしたものの、徐々に客足が遠のいていく——そんなパターンを、何度も見てきました。
敗因その3:「準備期間が短すぎた」という真実
チェーン店で4〜5年。これは一見、それなりに長いように思えます。
でも、個人店のオーナーになるための準備期間としては、正直まったく足りません。
- 料理のオペレーションを回せる
- ホールの流れを把握している
- 原価感覚が身についている
これくらいは身につくかもしれない。でも、**「店を作る経験」と「店を潰さない経験」**は、チェーン店ではほぼ学べないんです。
2人に共通していた「甘さ」の正体
止めて正解だった彼と、止められなかったイタリアン経験者。この2人には、共通する「甘さ」がありました。
① 「好き」と「商売」を混同していた
料理が好き。飲食が好き。お客さんと話すのが好き。
これ全部、動機としては素晴らしい。でも、「好き」は継続の燃料にはなっても、商売を成立させる力にはならない。
商売は冷徹な数字の世界です。毎月の固定費、原価率、人件費、税金。これらを冷静に管理できるかどうかで、続くか潰れるかが決まる。
② 「準備期間」を軽く見ていた
4〜5年、あるいはもっと短い修行期間で「もう十分」と感じてしまう。
でも、現場で長くやってきた人ほど、**「まだまだ足りない」**と感じるものです。逆説的ですが、「自分はまだ未熟だ」と思っている人の方が、実は準備が進んでいる。
③ 「人の話を聞かない」姿勢
これが一番決定的かもしれません。
止めた方がいいですよ、と言われたとき、素直に「なぜ止められたのか」を考えられる人は、長く続く可能性が高い。
逆に、「いや、自分は違う」「応援してほしいのに」となってしまう人は、開業後に想定外のトラブルが起きたときも、外から入ってくるアドバイスを受け入れられない。これが致命傷になることが多い。
「こういう人は、今はまだ始めない方がいい」チェックリスト
現場で見てきた経験から、以下のどれかに当てはまる人は、少し立ち止まって考えてみてほしいと思います。
- 飲食店で働いた経験が2〜3年以下
- 「料理は得意」と思っているが、30人前を一人で回したことがない
- 運転資金を「開業資金に含めずに」計算している
- 「駅前」「きれいな物件」に惹かれている
- 集客方法を具体的に説明できない
- 「好き」「夢」という言葉を多く使う
- 止められたとき、反発したくなる
一つでも当てはまったら、今すぐの開業はリスクが高いと思います。
それでもやりたい人へ
ここまで読んで、「それでも自分はやりたい」と思った人へ。
私は、飲食店を始めること自体を否定しているわけではありません。準備の仕方を間違えなければ、個人飲食店は素晴らしい仕事です。
ただ、遠回りに見える道こそが、本当の近道だと伝えたい。
では、どういう準備をした人が実際に成功しているのか。
次の記事で、12年以上かけて個人店オーナーになった人の話を紹介します。その話を読むと、今すぐ開業したい気持ちが、きっと変わってくるはずです。
まとめ:カウンターから見える、開業の現実
個人飲食店のオーナーは、同業の開業予備軍を数多く見てきます。
成功する人と失敗する人の違いは、才能や運ではなく、準備の深さと姿勢です。
もしあなたが今、開業を考えているなら、一度信頼できる現役オーナーの店に通って、正直な話を聞いてみてください。応援されるだけの相談相手ではなく、厳しいことを言ってくれる人を選ぶのが大事です。
その厳しい言葉が、あなたの人生を救うかもしれません。
筆者プロフィール
ある地方都市で小さな個人飲食店を営む店主。開業から10年以上、家族経営のスタイルで営業を続けています。
派手さはなくても、小さな店が長く続くための実践的な経営の知恵を発信していきます。

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