気づけば、お店を始めて10年が過ぎました。地方の住宅街で、家族と営む小さな和食の店。続けてこられたのは本当にお客さんのおかげですが、ここで一度、10年やってきて思うことを、飾らずに書いてみたいと思います。これから小さなお店を始める方に、何か一つでも届けば嬉しいです。

開業前に思い描いていたのと、ちょっと違った話
正直に言うと、開業前に想像していたお店の形は、今とは少し違いました。場所柄、仕出しやお弁当のような「外に出る注文」が中心になるかなと思っていたんです。でも、いざ始めてみると、実際はお店に来てくださる来店のお客さんがほとんどでした。
こういう「思っていたのと違う」は、開業すると必ずあります。でも、それは悪いことではありません。やってみて初めて分かる「本当の正解」に、お店の形が寄っていくんだと思います。大事なのは、最初の想像にしがみつかず、目の前のお客さんに合わせて変えていくことかもしれません。
10年続けてこられた、一番の理由
もし「続ける秘訣は?」と聞かれたら、私はこう答えます。「断らないこと」です。
お店をやっていると、ときどき無理難題のような依頼が来ます。「こんな料理できますか」「この人数、この場所で出せますか」。最初は「うちには無理かな」と思うようなことばかりでした。でも、すぐに断るのではなく、「どうやったらできるだろう」と、まず頭をひねってみるようにしてきました。
考えて、工夫して、なんとかやってみる。すると、できることが一つずつ増えていく。そして不思議なもので、できることが増えると、お客さんも増えていくんです。「あの店なら何とかしてくれる」と思ってもらえる。その積み重ねが、今のお店をつくってくれました。
逆に、正直に告白すると——断ってしまったあとで「あのとき、やっておけばよかった」と、今でも思い出すことがあるんです。あのチャンス、頑張れば掴めたんじゃないか、と。だから私は、これからもなるべく「まずは考えてみる」を大事にしたいと思っています。
断らなかったから、思いもしない世界が広がった
「断らない」を続けてきたら、本当にいろんなところから声がかかるようになりました。お客さんの幅が、自分でも驚くほど広がったんです。
気づけば、50人くらいの出張料理を、一人でこなせるようにもなっていました。最初の自分には、想像もできなかったことです。依頼の相手も、会社の集まり、海外から来た方々(インバウンド)、芸能関係の方まで——開業前には「自分にそんな話が来るなんて」と思っていたような場所から、声をかけてもらえるようになりました。
小さな店の店主が、こんな世界を見せてもらえるとは思っていませんでした。一つひとつの「断らない」が、知らないうちに自分を遠くまで運んでくれた気がします。出張料理のことは、こちらの記事にもくわしく書いています。
一番しんどかったのは、お金よりも

10年のなかで、一番しんどかった時期は、やはりコロナ禍でした。
お店が思うように開けられない。お客さんも来られない。正直に言うと、協力金などの支えもあって、お金の心配はそれほど大きくありませんでした。それよりもずっとこたえたのは、「自分の仕事は、もう社会に必要とされていないんじゃないか」という思いでした。毎日たくさんの人と接して、誰かのために料理をつくる——それが当たり前だった日々が、ぷつりと止まってしまう。あの孤独感は、今でも忘れられません。
でも、忘れられない日があります。長い自粛がようやく解けて、短い時間だけ、それも「お酒の提供は控えるように」と要請されていた時期に、おそるおそる店を開けた日のこと。時短で、わずかな時間しか開けられない。それなのに、うちの店は満席になりました。いつもはお酒をたくさん召し上がる常連さんまで、お酒の出せない、しかも短いその時間に、わざわざ足を運んでくださった。「なくなったら困るからね」——そう言って。
その一言で、胸がいっぱいになりました。「もう必要とされていないのかな」とふさいでいた気持ちが、すっと軽くなった。自分の店は、ちゃんと必要とされているんだ。小さな店は、こういう「顔の見えるつながり」に本当に生かされているんだと、あの日ほど実感したことはありません。
それでも、続けてよかったと思うこと
しんどいこともたくさんありましたが、それでも「続けてよかった」と思う瞬間は、数えきれません。
一番はやっぱり、お客さんの喜ぶ顔です。目の前で「おいしい」と言ってもらえる。その一言のために、自分はこの仕事をしているんだなと、何度も思います。
それから、家族との時間が近いこと。店が住まいから近いので、仕込みと営業の合間に、ちょっと子どもと遊べたりする。たまに子どもが店に顔を出すと、常連さんたちが可愛がってくれる——そんな何気ない光景が、私は好きです。もし住まいから離れた街なかの一等地で店を始めていたら、こんなふうにはなかなか持てなかった時間かもしれません。職場の人間関係に悩むこともなく、通勤も近い。当たり前のようでいて、これは本当にありがたいことだと感じています。お金には換算できない豊かさが、ここにはあります。

これから小さなお店を始める人へ
最後に、これからお店を始めようとしている方へ。私が伝えたいのは、たった二つです。
一つは、自分に正直に。流行りや人の言うことに振り回されず、自分が「いいな」と思えるお店をつくること。もう一つは、小さく始めて、コツコツ積み上げること。最初から大きく構えなくていい。目の前の一人のお客さんを大事にして、できることを少しずつ増やしていけば、気づいたときには、思っていたより遠くまで来ているはずです。
それから、もう一つだけ。お金を、追わないこと。これは私が本当に大事にしていることです。お金を稼ぐのは悪いことではありません。でも、最初にお金を一番の目的に持ってくると、お店づくりはかえって難しくなる気がします。それよりも、「お客さんに喜んでもらえること」を一生懸命にやっていると、お金は自然とあとからついてくるもの。私はそう感じています。
正直に言えば、うちは大儲けできているわけではありません。家族が暮らしていけるだけで十分、というくらいの気持ちでやっています。それでも、なんとかなっている。大きく稼ぐことより、目の前の人に喜んでもらうこと——その順番さえ間違えなければ、小さなお店はちゃんと続いていくと、私は思っています。
10年前の自分に声をかけるなら、「大丈夫、断らずにやってみればいいよ」と言ってあげたい。そんな気持ちです。
さて、そろそろ今日の仕込みの時間です。明日もまた暖簾を出して、いつものお客さんを待つ。子どもの声が聞こえる小さな店で、これからも一日ずつ、やっていきます。
……と、偉そうに書いてしまいましたが、私自身もまだまだ道の途中です。これからも一日一日、目の前のお客さんと向き合いながら、コツコツ続けていきます。一緒に学んでいけたら嬉しいです。
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筆者プロフィール
ある地方都市で小さな個人飲食店を営む店主。開業から10年以上、家族経営のスタイルで営業を続けています。このブログでは、教科書には載っていない現場のリアルを、飾らず正直に発信しています。
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