「値上げのお知らせ、なんて書けばいいんだろう」
そう思って検索すると、例文はいくらでも出てきます。感謝を伝えて、理由を書いて、日付を入れる。どれも間違っていません。
ただ、その前に決めることがあります。いくら上げるかです。ここを決めないまま文面だけ整えても、何も解決しません。50円上げるのか、2割上げるのか。それで店の残り方はまったく変わります。
地方で小さな和食店を十数年やっている店主です。この記事では、うちが実際にやった値上げと、そのとき使った計算を書きます。うまくいった話も、教科書と違ったところも、そのまま出します。
先に、うちがやったことを書きます
- ずっと我慢して、このままだとまずいというところまで来てから、一度に大きく上げた
- 8,000円のコースを、2,000円上げた(率でいうと25%)
- ほぼ全商品を上げた
- 貼り紙も、お知らせ文も出していない
- ただし、常連さんには前もって口頭で話していた
- 離れたお客さんは、いませんでした
値上げの記事でよく見る「少しずつ」「事前に丁寧な告知を」とは、だいぶ違います。
だから先に言っておきます。これは真似を勧める話ではありません。うちで通用したのには理由があって、その理由を書かずに結果だけ真似すると危ない。そこも含めて書きます。
なぜ25%上げても、誰も離れなかったのか
いちばんの理由は、元が安すぎたからです
正直なところ、これに尽きます。
うちは長いこと、周りの相場より安い値段でやっていました。「気安く通える店でいたい」という気持ちがあって、上げる理由が見つからないまま来てしまった。その状態から2,000円上げても、まだ相場からかけ離れて高いわけではなかった。
お客さんの反応も「まあ、そうだろうね」という感じでした。怒られもしなければ、驚かれもしない。世の中の値上げのニュースを毎日見ているので、むしろ「よく今までその値段でやってたね」に近い空気だったと思います。
この話は、別の記事で書いた安くしすぎた失敗と裏表です。安くしすぎていたから、上げても許された。褒められた話ではありません。
コース中心の店だった
単品を並べている店だと、一つひとつの値札が目に入ります。300円のものが400円になれば、その差はすぐ分かる。
コースは、その日の中身ごと受け取ってもらう形です。金額が変わっても、内容と釣り合っていれば納得してもらいやすい。ここは業態による差が大きいところで、うちに有利に働きました。
理由を説明する必要がなかった
これは自分の手柄ではありません。米も魚も調味料も上がっていることは、お客さんの方がよく知っています。説明しなくても伝わる時期だった、というだけです。
逆に言えば、世の中が値上げしていない時期の値上げは、まったく別の難しさがあります。今この記事を読んでいる方は、その点では恵まれています。
本題。いくら上げればいいのか
ここがこの記事で一番書きたかったところです。例文は他にいくらでもありますが、金額の決め方を書いているものは、あまり見かけません。
先に、よくある思い込みを一つ外します。
「原価率を戻す」と「利益を守る」は、別の話です
1,000円のメニューで考えます。原価は490円、原価率49%。うちの実際の原価率がこれくらいなので、この数字で置きます。
仕入が10%上がって、原価が490円から539円になったとします。上がった分は49円です。
| 何を守るか | 必要な値上げ | 新しい価格 | 1品あたりの粗利 |
|---|---|---|---|
| 利益の額を守る | +49円 | 1,049円 | 510円(据え置き) |
| 原価率49%を守る | +100円 | 1,100円 | 561円(増える) |
必要な額が、倍ちがいます。
「原価率が上がってしまった、元の率に戻さないと」と考えると、100円上げることになる。でも、値上げ前と同じだけ手元に残ればいいのなら、49円で足ります。上がった分だけ乗せればいい。
どちらが正しいという話ではありません。人件費も家賃も上がっているなら、率で戻す方が理屈は通ります。ただ、自分がどちらをやろうとしているのかは、分けて考えた方がいい。倍ちがう金額を、なんとなくの感覚で決めることになるからです。
式にすると、こうなります。
利益の額を守る値上げ額 = その一品の原価が上がった額
原価率を守る値上げ額 = 今の価格 × 仕入の上昇率
何人減ったら損になるのか
値上げが怖い理由は、結局これだと思います。上げたら客が減るんじゃないか。
これは計算できます。値上げすると一人あたりの粗利が増えるので、客数が多少減っても、前と同じだけ残る地点があります。
原価率49%の店で、客数が何%減るまで粗利が互角になるかを並べます。
| 値上げ率 | 原価率49%の店 | 原価率40%の店 |
|---|---|---|
| 3% | 5.6%減までOK | 4.8%減までOK |
| 5% | 8.9%減までOK | 7.7%減までOK |
| 10% | 16.4%減までOK | 14.3%減までOK |
| 15% | 22.7%減までOK | 20.0%減までOK |
| 25% | 32.9%減までOK | 29.4%減までOK |
5%上げるなら、お客さんが9%近く減っても、粗利は値上げ前と変わりません。100人来ていた店が91人になっても互角ということです。
うちの25%で言えば、計算上は3割減っても前と同じでした。実際には誰も減らなかったので、その分がまるごと残ったことになります。
この数字を先に知っていたら、もっと早く上げていたと思います。「減るかもしれない」と「どこまで減っても大丈夫か」は、まったく別の重さです。
ひとつ注意があります。この計算は粗利だけを見たものです。客数が減れば、その先にある常連の数や紹介も減っていきます。数字で足りていても、店としては痩せていく。そこは分けて考えてください。
我慢して溜めたことの代償
うちのやり方には、はっきりした欠点があります。限界まで我慢したので、上げ幅が大きくなりました。
毎年少しずつ上げていれば、一回の幅は小さく済みます。3%を3回に分ければ、25%の一発より、お客さんの感じ方はずっと軽い。
それに、我慢していた期間は、上がった原価をこちらが丸ごと被っていたということです。上げるまでの間に減った利益は、あとから取り戻せません。
「一気に上げても大丈夫だった」は、結果論です。そこは正直に書いておきます。
伝え方|貼り紙は出しませんでした
値上げの記事を読むと、告知が主役のように書かれています。うちは、紙を貼っていません。SNSにも書いていません。
やったのは一つだけで、値上げの前から、常連さんに口頭で話していたことです。
「物価が上がっていて、そろそろ価格を見直すことになりそうです」と、カウンター越しに、世間話の延長で。何月何日から、とも言っていません。ただ、そういう話をしていた、というだけです。
これが結果的に、一番効いたのだと思っています。紙に書かれた告知は「お知らせ」ですが、直接聞いた話は「相談された」に近い。先に聞いていた人は、実際に値段が変わっても驚きません。
逆に言えば、常連さんの顔が分かる規模の店だからできたことです。席数が多い店や、初めての人が多い店では、紙やSNSでの告知が必要になります。
そのまま使える、値上げの告知文の例
貼り紙やSNSで出すなら、難しく考えず「感謝・理由・日付・今後の約束」を入れるだけで十分です。
いつもありがとうございます。
食材の仕入れ価格が上がっており、◯月◯日より一部メニューの価格を見直させていただきます。
これからも、味と品質は落とさずにお出しします。引き続きよろしくお願いいたします。
長く書く必要はありません。謝りすぎる必要もありません。値上げは悪いことをしているわけではないので、堂々と書けば伝わります。
やってはいけないのは、黙って中身を削ること
値上げで一番嫌われるのは、価格を据え置いたまま量を減らす、質を落とす、いわゆるステルス値上げです。
気づかれた瞬間に「騙された」と感じさせます。価格が上がるより、信頼が減る方がずっと痛い。
私は、質を落とすくらいなら正直に価格を上げる方を選びます。値上げのタイミングで看板の食材をひとつ上のものに変えると、価格と一緒に中身も動くので、納得してもらいやすくなります。
それでも、また足りなくなります
2,000円上げて、しばらくは落ち着きました。それでも、このままの上がり方が続けば、数か月でもう一段上げないといけない水準まで来ると思っています。
うちがギリギリでやっているので、その分だけ効くのが早い。余裕のある店なら、もう少し持ちこたえられるはずです。
実際、食品の値上げは止まっていません。帝国データバンクの調査では、2026年9月の値上げは4,923品目で、前年の同じ月の3倍。一番多いのが調味料で1,959品目でした。醤油も味噌もみりんも上がるということです。和食の店だと、全部のメニューに関わります。
そこに、もう一つ乗ってきます。食料品の消費税が1%に下がる案です。減税と呼ばれていますが、外食は10%のままで、仕入で差し引ける消費税だけが減る。店内で食べてもらう店は、納める消費税が増える計算になります。
この話は長くなるので、別の記事にまとめました。→ 食料品の消費税1%、飲食店はどうなるの?
よくある質問
値上げの前に、お客さんに言うべきですか?
常連さんの顔が分かる規模なら、言っておいた方がいいと思います。うちはそれだけで乗り切りました。ただし「何月何日から、いくらに」と細かく予告する必要はありません。「そろそろ見直すことになりそうです」で十分です。
一部のメニューだけ上げるのと、全部上げるのは、どちらがいいですか?
うちはほぼ全商品を上げました。一部だけ上げると、上げた品が避けられて、結局は上げていない品ばかり出ることがあります。それだと原価は下がりません。全部上げるなら、理由をはっきりさせておくことです。説明のない一律値上げは、便乗と受け取られます。
何%までなら上げていいですか?
上限という意味の答えはありません。判断の材料になるのは、上の表です。自分の原価率と値上げ率で、客数が何%減るまで耐えられるかを先に出しておく。そのうえで、自分の店の価格が相場のどこにいるかを確かめてください。相場より安い位置にいるなら、思っているより余地があります。
値上げしたら、本当にお客さんは減りませんか?
減る店もあります。うちで減らなかったのは、元が安すぎたからです。同じ結果を約束するものではありません。
まとめ
- 例文より先に、いくら上げるかを決める
- 「利益の額を守る」と「原価率を守る」では、必要な値上げ額が倍ちがう
- 客数が何%減るまで耐えられるかは、先に計算して知っておく
- うちは25%上げて、誰も離れなかった。ただし元が安すぎたという前提がある
- 常連さんに前もって口頭で話す。それだけで足りることもある
- 黙って量を減らすのが、一番やってはいけないこと
- 一度上げても、今の上がり方だとまた足りなくなる
値上げは、自分を安売りしないための行動です。適正な値段でいいものを出し続けること。それが長く続く個人店の形だと思っています。
👉 あわせて読みたい:原価率49%の店の中身、全部見せる / 値段設定|安くしすぎた失敗 / 食料品の消費税1%、飲食店はどうなるの?
筆者プロフィール
ある地方都市で小さな個人飲食店を営む店主。開業から十数年、家族経営のスタイルで営業を続けています。
数字が得意なわけでも、敏腕経営者でもない。運とある程度の経験で、なんとかここまでやってきた感じです。
このブログでは、そんな私が独断と偏見で、飾らずに正直に話します。成功法則より、現場のリアルを。


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